Share

第三十話

Penulis: 美希みなみ
last update Terakhir Diperbarui: 2025-04-21 09:37:40

その後、運転を変わるという壮一の言葉に、日葵は素直に従うと助手席へと移動した。

コーヒーを飲みながら、ぼんやりと外の風景に目を向けた。

そして、初めのころの壮一の態度を思い出した。

「ねえ? どうして謝る気になったの?」

すっかりさっきのままため口になっていたが、日葵はそれに気づかず、胸の中の棘が抜けたような気持ちだった。

そして少し意地の悪い質問だと思ったが、日葵は初めのころの態度とは違う壮一に問いかけた。

「ああ……」

壮一は少し考えるような表情をしたあと言葉を発した。

「戻ったばかりのときは、日葵をこんなに傷つけてるなんて思ってなかったんだよ。大人になった日葵は、もしかしたらあの時のことなんてこれっぽっちも気にしてない。その可能性だってゼロではないだろ?」

確かに、この離れていた時間のお互いのことはわからない。

その可能性だってなかったわけではない。日葵はそう思うと小さく頷いた。

「じゃあどうして?」

「もちろん、日葵の態度でも気づいた。極めつけは誠真だな」

意外な言葉に日葵は驚いて目を見開いた。

「誠真? どうして誠真?」

いきなり出てきた弟の名前に、日葵は声を上げた。

「こないだ久しぶりに飲んだんだよ。あいつ日本に帰ってきただろ?」

弟の誠真は大学を卒業後、壮一の父親である会社に入社し一年間アメリカへと行っていた。

「そういえば帰ってきたわね。あの子」

「あの子ってお前。誠真だって大人だろ」

壮一が少し笑って言ったのを聞いて、日葵も少し笑みを漏らした。

「それで?」

「親父の会社に入ったけど良かったかって。俺だって誠さんの会社に入ったわけだし、全く問題ないって答えたよ。本来、やりたいことが逆だったらよかったなって話をした」

確かに壮一も誠真も、自分の父親の仕事を継ぐのがよかったのかもしれない。

でも、今はまだお互いのやりたいことが逆だ。

「そうだね」

そう答えた日葵は、チラリと壮一に視線を向けると、瞳がぶつかる。

どちらからともなく視線を逸らすと、壮一が静かに言葉を発した。

「その時聞いた。どれだけ日葵が傷ついて、目も当てられないほどだったかって……」

(誠真……)

確かにあのことは、誠真の優しさもすべて無視して、一人の世界にこもっていて心配をかけたのだろう。

「めちゃめちゃ怒られた。あの誠真に。大人になったな」

「そうだね」

怒ってくれた誠真の気持ちが
Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi
Bab Terkunci

Bab terkait

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第一話

    プロローグねえ? どうして何も言わずにいなくなったの?そんなことを私は思いながら、目の前に現れたその人を、亡霊でも見るような思いで虚ろに見つめた。あの暑くて、初めての気持ちを持て余していた夏。 あのときの蝉の鳴き声は今でも、はっきりと覚えているのに……。どうして? どうして? いつまでも私はあなたに振り回されると、生まれたときから決まっていたの?そんな運命は……いらない。 そんな出会いは……いらなかった。愛なんて知らずに生きていたかった。 すべてが変わったあの日。 もう戻れない……笑い合った幸せな日々には。そんなことを思いながら私は、急に真っ白になった視界を最後に、意識を手放した。※※※※※(蝉の鳴き声がうるさい)「蝉だって一生懸命なんだから、そんなことを言ったらいけないでしょ」(お母さんなら、そんなことを言いそうだな……)そう思いながら、今日も朝からラブラブだった両親を思い出して、日葵は小さくため息をついた。もうすぐ夏休みという7月中旬は、嫌になるくらい暑く、どこかの庭に咲いている向日葵さえ下を向いていた。(いつも太陽のほうを向いてなんかいないよ……向日葵だって。水とか与えてもらえなきゃ無理でしょ……)そんなことをブツブツ言いながら、制服のシャツの胸元をパタパタとさせ、真っ青な空を仰ぎ見た。「ひま! 何ブツブツ言ってるんだよ! 早く来い」相変わらずの上から目線の言葉に、日葵は苛立ちを隠せず歩みを止めた。不満げな日葵を見て、少し先を歩く壮一は小さくため息をついた。「お前がいると、俺が遅くなるだろ?」うんざりするように言われ、日葵はその場に立ち止まった。長谷川日葵、高1。 都内の高校に通う、どこにでもいる女子高生だ。そして、同じマンションに住む2つ年上の幼馴染・清水壮一を睨みつけた。(昔は優しかったのに……)日葵は、幼稚園・小学校のころの優しかった壮一を思い出す。 いつも手を引いて歩いてくれていたころを。日葵にとっては、兄であり、友達であり、いつも自分を守ってくれる存在だった。両親が親友同士という家庭で育ったため、生まれたときから当たり前のように一緒で、小・中・高・大学まで一貫校の二人は、いつも一緒だった。しかし、高等部に上がったころから、壮一はまるで別人のようになった。壮一の周りには、いつの間にか

    Terakhir Diperbarui : 2025-03-07
  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二話

    「日葵! おはよう」「おはよう」静かに言った日葵に、友人の涼子は怪訝そうな表情を浮かべた。「どうしたの? 壮一先輩と何かあった?」教室に向かう廊下で涼子に確信を突かれ、日葵は小さく頷いた。「なんで私はいたって普通なのに、そうちゃんはあんなにきれいなのかなって」「何よそれ?」意外な言葉だったようで、涼子はポカンと日葵を見た。そう、日葵の周りには、いわゆる美形という人しかいない。日葵の両親も弟も、芸能人と言ってもいいくらい容姿が整っているし、それでいて父の誠は大手会社の社長というハイスペックだ。母の莉乃も、誠を支えて秘書をしていたが、今はその能力を生かして経営の仕事をしている、いわゆる「できる女」だ。「だって、なんで私だけ普通なのかなって。弟の誠真だって、まだ中2なのにめちゃくちゃモテるんだよ」「ああ、誠真くん、高等部のお姉さんたちからも人気だもんね」涼子の言葉に、日葵はうなだれるように顔をしかめた。「それに……」「壮一先輩?」「うん」日葵の言葉に、涼子はポンと日葵の肩を叩いた。「壮一先輩は、まあ別次元の人なんだよ。去年の学園祭のときの美しさは、もう神だったよね」思い出してうっとりするように言った涼子に、日葵もそのときの壮一を思い出す。「ていうか、あれ何の仮装だったのよ?」何なのかわからなかったが、警察官の制服のようなコスプレをしていた。 それがまた、なぜか妖艶で中性的な雰囲気を醸し出していて、これでもかというほど目立っていた。「壮一先輩はさ、あの容姿でクールでしょ。あの冷たい感じが余計に人気があるんだよね」「壮一パパが昔はそうだったみたいだけど、今は壮一ママに逆らえないよ」壮一の父・弘樹は壮一とそっくりの容姿だが、母の香織にはまったく逆らえず、今では「クール」という言葉などどこかに行ってしまっている。 昔は今の壮一みたいだったと両親たちに聞いても、日葵にはまったく信じられなかった。「へえ、そうなんだ。でも、確かにその中にいるのは、なんかね……」そうなのだ。そんな中で、日葵は本当に普通だった。『日葵だって可愛いんだから大丈夫』母の言葉は、いつもどこか慰めのような気がして、日葵は窮屈さをだんだん感じ始めていた。そんな憂鬱な気分のまま一日を終えたところで、教室がざわめいた気がして、カバンに教科書を詰めていた日

    Terakhir Diperbarui : 2025-03-07
  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第三話

    そんな二人のやり取りに、周りの友人が壮一を見ていることに日葵は気づく。(どこにいても、何をしてても目立つ人だよね)昔から一緒のため、もう周りからは兄妹のように認識されているし、壮一の周りにはいつもきれいな女の人がいるので、特に秀でたところのない日葵は、うらやましがられることも、嫌がらせをされることすらなかった。そして、壮一自身が「こいつは妹だ」と宣言していることもあり、壮一を狙う女の子たちからライバル視されることもなかった。それが嬉しいのか、悔しいのか、日葵は最近わからずにいた。並んで歩いていると、外に出るまでの距離ですら女の子たちの視線が痛くて、日葵は少し後ろを向いて俯きながら歩いていた。「おい、朝も言ったよな? 急げよ」舌打ちでも聞こえてきそうな壮一の声に、「別に一人で行けばいいじゃない」 音になったのかわからないほど小さな声で日葵は呟いたが、次の瞬間、グイッと手を引かれ驚いて顔を上げた。そこには、まっすぐに日葵を見つめる真っ黒な瞳があった。 その瞳に、何か言いたいことがあるのかすら、日葵にはわからなかった。昔はよくこうやって手を引かれて学校へ通っていたが、今こんなことをすればどうなるか――日葵にはよくわかっていた。(キャー!!)悲鳴にも似た声とともに、一斉に日葵へ向けられる視線。「ねえ、そうちゃん。もう小さくないんだから、この手やめてよ」「お前はいつまでたっても、小さなガキだろ?」ため息とともにズルズルと引っ張られる様子に、周りからは安堵の声が漏れる。「ほら、やっぱりあれは小さな子を連行してるだけでしょ?」日葵はもう何かを言う元気もなく、それどころか――昔のようにつながれた手を、なぜか放したくなくて、キュッと少しだけ力を込めた。この気持ちは、周囲からの言葉への反抗なのか、それとも……。 壮一の骨ばった大きな手が、昔とは違うことに気づき、日葵はドキッとした。自分の中で感じたくない思いが湧き上がり、日葵は必死にそのことを頭から追い払った。校門を出ても、いろいろな人の視線はやはり壮一に向けられる。 昔からのこととはいえ、日葵はチラリと壮一を見た。そんな中、隣に日葵がいるにもかかわらず、どう見ても大学生くらいの年上の女性が、遠慮なしに壮一に声をかける。「ねえ、どこか行かない?」「いえ、まだ学生なので」少しだけ微笑

    Terakhir Diperbarui : 2025-03-07
  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第四話

    ~8年後~「ようやくだな」誠の言葉に、壮一は微笑を浮かべた。「社長、今日からよろしくお願いします」真面目な顔で頭を下げた壮一に、誠はじっと視線を向ける。「本当にいいのか? すぐに父親の会社に入ってもいいんだぞ?」誠の言葉に、壮一は少し言葉を選ぶようにして答えた。「親父の会社のことは、弟もいますし、これからどうなるかわかりませんが……今はこの会社でやりたい仕事をさせていただきたいと思っています」父・弘樹の会社は、広告業を営んでいる。「それに……父も若いころは別の会社で働いていましたし、何のコネも関係なく、仕事をしたいと思っています」そんな壮一の言葉に、誠は表情を緩めると、ふっと息を吐いた。「そうか。ここからは、もう一人のお前の父親としての意見も入るかもしれないが」そう前置きすると、誠は座っていた椅子から立ち上がった。「壮一の作る音楽は、うちの会社にとっても願ってもない才能だ。だから俺としては、大切な息子が来てくれて嬉しいけど……弘樹からは恨まれてるよ」その言葉に、壮一も小さく頷き、笑顔を見せた。「アメリカで学んだことも多いだろう。期待してる。それに……」少し含みを持たせた誠の言葉に、壮一は唇をギュッとかみしめた。「アメリカに行く前に言っていた答えは出たのか?」「それは……」【このまま当たり前のように日葵といることが、本当に俺たちのためになるのか、わかりません】18の、まだ若い頃。 そう言って、日葵に何も告げることなく、アメリカの大学への留学を決めた。壮一は、そこで言葉を止めた。あれから8年が経った。アメリカのゲーム会社での経験も積んだ。そして、誠の会社が参入するゲーム業界で、音楽を手がけるために帰国し、入社することになった。それはすなわち、もう一度、日葵と向き合うということだった。日葵が生まれたときから、当たり前のようにずっと一緒にいた。 しかし、あの頃――このまま日葵が自分に好意を持ってしまうことが、壮一にはなぜか怖かった。可愛くて、自分のことより何よりも大切だった日葵。 どんなことをしても守る。そう思っていたことは確かだった。しかし、それが兄のような気持ちなのか、異性としての感情なのか、壮一にもわからなかった。それに……。それ以前に、日葵が自分しか知らない世界の中で、自分を選んだとしても―― いつ

    Terakhir Diperbarui : 2025-03-07
  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第五話

    「長谷川さん、食事でもどう?」日葵は、声をかけてきてくれた男性に、申し訳なさそうに頭を下げた。「ありがとうございます。でも……すみません」決まり文句のようになってしまっている自分自身を嫌悪しつつ、日葵は頭を下げる。「そうか……彼がやっぱりいるの?」諦めきれない様子のその人に、日葵は肯定とも否定とも取れないように曖昧に頷き、もう一度小さく頭を下げた。「日葵、また?」化粧室から出ると、急に声をかけられた日葵は、後から出てきた同僚の佐奈に気まずそうな表情を浮かべた。「だって……」「とりあえず食事ぐらいいいじゃない? 今の人、営業部でも人気のある人よ?」すでにその人の後ろ姿は見えなくなっていたが、佐奈はその方向を見ながら日葵に言った。「日葵はさ、そんなにきれいなんだから。恋愛の一つもしないともったいないわよ」肩をすくめながら言う佐奈の言葉に、日葵は自嘲気味な笑顔を浮かべた。「きれいになった……か」綺麗になった原因が、壮一だということは日葵としては認めたくなかった。だが、壮一が何も言わずにアメリカへ行ってしまった後、日葵は自分でも驚くほど落ち込んだ。そのおかげというわけではないが、思春期に少しぽっちゃりしていた日葵は、体重が落ちた。そして、壮一がいなくなった喪失感を、勉強やダンスで埋めることで、結果として今となっては自分磨きができたように思う。今ではあの頃とは違い、きちんとメイクをし、髪も伸ばしている。もちろんヒールの靴だって履くようになった。「それはそうと、プロジェクトの進行はどう?」佐奈の言葉に、日葵は真剣な表情に戻すと、佐奈を見た。「ある程度のところまでは来てるかな。開発自体は順調だし、シナリオライターさんも優秀な人だし、チーフとして音楽担当の人も、もうすぐ新しく入ってくるって聞いてるしね」日葵は、それらの進行の管理や外注スタッフとの調整など、プロジェクトの雑務を一手に引き受けていた。もともと副社長の娘であることは一切伏せて入社しているし、誠も娘だからといってひいきをするような父親ではない。当初は営業部に所属していたが、どうしても新しく立ち上げられるアプリゲームに携わりたくて異動願を出し、ようやくそれが叶ったのが3カ月前だ。大企業が新たに参入するということで注目度も高く、まずは大手ゲーム機向けソフトの販売から始まり、

    Terakhir Diperbarui : 2025-03-07
  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第六話

    「長谷川、大丈夫か?」「部長……」以前の部署で世話になっていた崎本を見て、日葵は小さく頷いた。崎本は日葵より十歳年上の三十四歳で、いつも優しく頼れる上司だ。三カ月ほど前、崎本から好意を持っていることを伝えられていたが、「返事はいらない」と言われ、曖昧な関係が続いている。日葵としても、壮一を引きずっているつもりはなかった。だが――あのときの喪失感から、「誰かと付き合う」ということを、どこかで敬遠してしまっている自分がいる。そんな日葵を、ゆっくりとそばで見守ってくれているのが、崎本だった。ゆっくりと日葵のもとへ歩いてくると、崎本は日葵の顔を覗き込んだ。「まだ顔色がよくないぞ」「もう大丈夫です。でも、部長……どうして?」その言葉に、崎本は少し照れたような表情を見せた後、諦めたように言葉を続けた。「倒れたって聞いて、いてもたってもいられなかった」まっすぐに伝えられた言葉に、日葵は顔に熱が集まるのを感じた。「あ……ありがとうご……」言いかけた日葵の言葉を遮るように、鞠子が声を上げる。「ハイハイ、部長さん。その子、連れて行って。日葵、無理するんじゃないわよ」ひらひらと手を振る鞠子に、日葵も小さく頷いた。「戻るの?」崎本の心配そうな言葉に、日葵は申し訳ない気持ちを抱きながらも、小さく頷く。やはり、このまま仕事を放り出すわけにはいかない。そう思うと、崎本に頭を下げ、自分の席へと戻った。部署に戻ると、壮一たちはずっと打ち合わせをしているようで、ミーティングルームにこもっていた。顔を合わせなくていいことに安堵しつつ、なんとかその日の仕事をこなしていた。「終わるか? 送るよ」その言葉に顔を上げると、優しい微笑みをたたえた崎本の顔が目に入る。日葵は、ほっと息を吐いた。「あっ、こんな時間……。ありがとうございます」「集中していたから、声をかけるのをためらったよ」日葵自身、崎本に対する気持ちが、上司としての尊敬なのか、それとも愛情なのか――わからなかった。それでも、崎本の優しさは、日葵にとってありがたかった。そっと、日葵の額に崎本の手が触れる。この部署は他と違い、隔離されていて――今、この空間には、日葵と崎本の二人だけだった。「熱はないな」少し躊躇したような手の動きに、日葵は微笑んだ。「もう大丈夫ですよ。部長、心配し

    Terakhir Diperbarui : 2025-03-07
  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第七話

    「お邪魔して悪かったね。俺は長谷川さんの元上司でね。今日、倒れたと聞いたから様子を見にね」「そうでしたか。わざわざありがとうございます」さらりと言葉を発した壮一は、引き出しの中から何かを取り出すと、にこやかな笑みを日葵に向けた。「長谷川さん、あまり無理しないようにね」昔から、声をかけてきた人を断るときに向ける、あの笑顔――。その瞬間、日葵の心がギュッと握りつぶされたようで、息ができなくなる気がした。「あ……ありがとう……ございます」何とか声を絞り出すと、震えそうな手で日葵は荷物をカバンにしまう。「部長、行きましょう。送っていただけるんですよね?」なんとか平静を装いながら立ち上がり、崎本を見た。「ああ。行こうか」「お疲れ様です」抑揚のない壮一の声が聞こえ、日葵は小さく会釈すると、足早にフロアを出た。(あの人といると、自分が自分でなくなる)ずっと昔から、生まれたときから一緒にいた壮一だったのに――。今は、誰よりも遠く、まるで知らない人のように感じた。崎本の車が駅のロータリーに着くと、日葵はお礼を言い、降りようとした。「待って。本当に大丈夫? 俺は家を知ってても押しかけるような真似はしないよ?」少しふざけたように言う崎本に、日葵は苦笑した。「そんなことは思っていないです」どうしても、やはり家まで送ってもらうことをためらってしまった自分に、内心ため息をつく。「君は本当にガードが堅いな」その言葉に、日葵自身、どう答えていいのかわからず俯いた。「他の男たちの間でも有名だよ。絶対に食事にも行けないって―― あっ、悪い」そこまで言って、崎本は大きなため息をつくと、髪をかき上げた。「悪かった。少しだけ、そいつらよりは俺のほうが君に近いのかなって思ってしまって」その言葉に、日葵は考えた。確かに、崎本と一緒にいると安心するし――壮一のことを忘れさせてくれる気がしていた。「それは……」「いい! 何も言わないで。長谷川の弱さにつけ込んで、返事を聞くのを先延ばしにしてるのは俺だから。もう少し時間をかけさせて」ふざけているように見せかけつつも、真剣な瞳に――日葵は小さく頷いた。「ありがとうございます」今度こそ車を降りると、日葵は崎本の車を見送った。駅から徒歩数分のマンションに、日葵は住んでいる。実家からでももちろん通えるが

    Terakhir Diperbarui : 2025-03-07
  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第八話

    「引っ越しの挨拶をしようと思って」威圧的なほどの態度で、エレベーターを背に日葵を囲うように立ち、上から見下ろしていた壮一。その意外な言葉に、日葵は呆然として壮一を見上げた。「え? 引っ越し?」少し間抜けな声が出た気がして、日葵は慌てて視線を逸らす。「ああ。お前の隣の部屋」さらりと表情を変えずに言う壮一に、今度こそ日葵は大きな声を上げた。「うそでしょ! ありえない!」(そうよ、ありえない。なんで今さら、この人に私の生活を乱されなきゃいけないの?)苛立ちとともに、あの8年前の気持ちがざわざわと蘇り、日葵はきつく唇を噛んだ。「ありえないか……」その言葉に、少しだけ表情を変えた壮一。日葵は小さく息を吸い込むと、壮一を睨みつけた。「隣なんて迷惑。もう私はあの頃の私じゃないし、清水チーフがいなくてもやっていけます。だから、私にもう構わないで」一気にそれだけを言うと、日葵はするりと壮一の腕をすり抜け、自分の部屋へと向かった。「日葵」後ろで聞こえたその声に――ドクン、と胸が鳴る。悟られないように、日葵は振り返ることなく自分の家のドアの前で動きを止めた。「お前、あの部長と付き合ってるの?」「あなたには関係ないでしょ?」抑揚なく言った日葵の言葉に、壮一はすぐに返事を返さなかった。その沈黙を無言と受け取った日葵は、鍵を開けるとするりと体をドアの中へ滑り込ませた。「関係……ないな」壮一の呟いた言葉に、驚くほど胸が痛んだ。自分で言った言葉なのに。「関係ない」と、壮一の口から発せられたその言葉が、ぐるぐると頭を巡る。そんな自分を叱咤しながら、パッと着替えてキッチンへ向かう。「何があったかな……」いろいろなことがありすぎて、なぜか落ち着かない。日葵は、一心不乱に野菜を切り始めた。「嫌だ……こんなにどうするのよ、私」まな板の上に山盛りになった野菜にため息をつくと、そのまま鍋へ放り込む。(もう面倒だから、スープにでもしちゃおう)そう決めると、コンソメとトマトで簡単に味をつける。日葵は、ぐつぐつと煮え始めた鍋の中をじっと見つめた。壮一さえ帰ってこなければ、こんな気持ちを味わうことなどなかったはずだ。(どうして同じ会社に入ったの? 壮一なら、自分の父親の会社に入ればいいはずよね)そんなことを思っても、事実として――これから毎

    Terakhir Diperbarui : 2025-03-08

Bab terbaru

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第三十話

    その後、運転を変わるという壮一の言葉に、日葵は素直に従うと助手席へと移動した。コーヒーを飲みながら、ぼんやりと外の風景に目を向けた。そして、初めのころの壮一の態度を思い出した。「ねえ? どうして謝る気になったの?」すっかりさっきのままため口になっていたが、日葵はそれに気づかず、胸の中の棘が抜けたような気持ちだった。そして少し意地の悪い質問だと思ったが、日葵は初めのころの態度とは違う壮一に問いかけた。「ああ……」壮一は少し考えるような表情をしたあと言葉を発した。「戻ったばかりのときは、日葵をこんなに傷つけてるなんて思ってなかったんだよ。大人になった日葵は、もしかしたらあの時のことなんてこれっぽっちも気にしてない。その可能性だってゼロではないだろ?」確かに、この離れていた時間のお互いのことはわからない。その可能性だってなかったわけではない。日葵はそう思うと小さく頷いた。「じゃあどうして?」「もちろん、日葵の態度でも気づいた。極めつけは誠真だな」意外な言葉に日葵は驚いて目を見開いた。「誠真? どうして誠真?」いきなり出てきた弟の名前に、日葵は声を上げた。「こないだ久しぶりに飲んだんだよ。あいつ日本に帰ってきただろ?」弟の誠真は大学を卒業後、壮一の父親である会社に入社し一年間アメリカへと行っていた。「そういえば帰ってきたわね。あの子」「あの子ってお前。誠真だって大人だろ」壮一が少し笑って言ったのを聞いて、日葵も少し笑みを漏らした。「それで?」「親父の会社に入ったけど良かったかって。俺だって誠さんの会社に入ったわけだし、全く問題ないって答えたよ。本来、やりたいことが逆だったらよかったなって話をした」確かに壮一も誠真も、自分の父親の仕事を継ぐのがよかったのかもしれない。でも、今はまだお互いのやりたいことが逆だ。「そうだね」そう答えた日葵は、チラリと壮一に視線を向けると、瞳がぶつかる。どちらからともなく視線を逸らすと、壮一が静かに言葉を発した。「その時聞いた。どれだけ日葵が傷ついて、目も当てられないほどだったかって……」(誠真……)確かにあのことは、誠真の優しさもすべて無視して、一人の世界にこもっていて心配をかけたのだろう。「めちゃめちゃ怒られた。あの誠真に。大人になったな」「そうだね」怒ってくれた誠真の気持ちが

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二十九話

    荷物を乗せると、日葵は運転席へと向かう。「長谷川! 本気か?」慌てたような声に、日葵はジッと壮一を見た。「すごいクマです、チーフ。きれいな顔が台無しです」なぜかスラスラと言葉が出て、日葵はホッとした。「危ないと思ったらすぐに言えよ」ハラハラした言い方の壮一を助手席に乗せると、日葵は車を発進させた。日葵は車の運転が好きだった。都内ではあまり乗る機会はなかったが、仕事に必要だろうと免許も取得していた。「本当だ。うまいもんだな」隣でホッと安堵したような壮一の声に、日葵も少し微笑んだ。「眠っていってください」そう言葉にしたところで、日葵は視線を感じチラリと壮一を見た。「チーフ?」「いや、本当にいろいろ悪かったと思って」もう日葵を見てはおらず、壮一は窓の外を見ていた。「あの……」「なに?」静かにゲームのインストルメントが流れる車内で、日葵は口を開いた。「“いろいろ”って何ですか? 行きの車で言われたことを考えていたんです。完璧でいたかったからアメリカにって……それがどうして、どうして何も言ってくれない、につながったのか」これを聞かなければ、自分自身が前に進めないような気がした。静かに少しずつ尋ねる日葵に、壮一が自嘲気味な笑みを浮かべたのが分かった。「逃げたんだよ。全部から」「え?」その意外な言葉に、日葵は反射的に壮一を見た。「日葵から、すべてから。日葵に行くのを止められたら、きっと行けなかった。でもあの時の俺は、苦しくて、どうしても逃げ出したかった」そんな葛藤があるとはまったく思っていなかった日葵は、ギュッとハンドルを握りしめた。「それも完全なおれの自己満足だったってことに、ようやく気付いた」「私から逃げたかったの? 私のせいだった?」つい零れ落ちた自分の言葉を止めようと思った時にはもう遅く、壮一がシートから起き上がるのが分かった。「違う。日葵、それは違う。すべて俺が悪いんだよ。お前は何も悪くない」静かに、真剣な表情の壮一に、日葵は涙をこぼさないように何とか運転に集中しようとした。「日葵、次のサービスエリアで止まって」その壮一の言葉に、日葵もこれ以上運転をして危険があってはいけないと、サービスエリアに車を止めた。「コーヒーでも飲もうか」壮一の言葉にも、日葵はそのままジッと止まったまま動けなかった。「だっ

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二十八話

    (謝罪されたことで、きっと心が緩んだだけよ。今更こんな不毛な恋はするわけにはいかない)そう心に思っていたところで、ドリップコーヒーにお湯を注いでいた壮一が言葉を発した。「いくら仕事とはいえ、崎本部長に悪いな」「え?ち……」壮一の言葉に、やはり自分と崎本が付き合っていると思っているのかもしれない。日葵はそう思い、否定の言葉を言いかけたが、さっき自分が決めた気持ちを思い出す。壮一にまた傷つけられるのも、壮一が自分を思うことなど絶対にない。私みたいな普通の女。今ならまだ戻れる。そう思うと、日葵は否定するのをやめた。「私こそ、柚希ちゃんに申し訳ないです」「え?柚希?」その言葉に壮一が今度は聞き返した。しかし、やはり否定の言葉はなく、沈黙が二人を包んだ。無言で差し出されたコーヒーに、なぜか泣きたくなる気持ちを抑えながら、日葵は手を伸ばした。(どうして、どうしてこんなに私の心を揺さぶるのよ……)コーヒーの苦みと熱さが、さらに追い打ちをかけるように日葵の心に影を落としていった。ふわふわとした気持ちの中、日葵は昔の夢を見ていた。手を伸ばすと、いつも笑顔の壮一が優しく手を差し出してくれる。それを何の迷いもなく、ギュッと握りしめる。そんな毎日が永遠に続く夢を。夢と現実の境目がわからないまま、日葵はその心地よい揺れと温もりを離したくなくて、手を伸ばした。しかしそれはあっけなく空を切り、小さな衝撃とともに体がその温もりから離れていく。日葵はそれをなんとか阻止しようと、もう一度手を伸ばした。しかし、あの暑い夏の日、何も言わずに冷たい視線を向けて背を向けた壮一へと、夢は変わっていく。そのことが悲しくて、意味がわからなくて、日葵は伸ばしていた手をギュッと握りしめた。「どうして……?」言葉になったかわからないつぶやきを漏らしながら、自嘲気味な笑みがこぼれる。夢の中でさえ、結末は同じ。あの夏は何も変わらない。そんなことが頭の中をぐるぐると巡り、この夢から早く解放されたくて、頬を涙が伝う。「日葵……」小さく呟かれたその声が聞こえたような気がした。そして、そっとさっきまでの温もりが日葵の頬に触れ、静かに涙を拭うのが分かった。どうして?少しぎこちなく、昔のように触れてくれないその手がもどかしい。夢と現実のはざまがわからないまま、日葵は

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二十七話

    「長谷川さんすごいな。何か国語話せるの?」 営業部の課長の澤部が驚いたように声を掛けた。「ああ、日常会話程度です」「さすがだね、長谷川さん」 今回同行している、日葵の父の代から会社を支えてきた専務・近藤が、にこやかに現れた。日葵の素性も、もちろん知っている。「清水君もご苦労様。急なことだったが、前宣伝としては上々かな?」 その言葉に、壮一も力強く頷いた。 「手ごたえは十分だと思います」「そうか、あとはもう仕上げるだけだな。社長にもそう伝えるよ」そして、日葵と壮一の横を通り過ぎるとき、近藤は小声で言った。 「二人とも、頑張っていたって伝えておく」 そう言い残してその場を後にした。一日目がバタバタと過ぎ、後片付けも何とか終わり、日葵はホテル近くの居酒屋で名古屋のスタッフや澤部たちと食事をしていた。「あそこの会社の……」 イベントの話題で盛り上がる中、日葵は座敷の隅で笑顔を浮かべながら耳を傾けていた。 そんなとき、上座にいた壮一が席を立つのが目に入った。「チーフ、お手洗いですか?」 酒が入っているせいか、スタッフの声が少し大きめに響いた。 「ああ」 柔らかな笑みを浮かべて席を外す壮一に、日葵は違和感を覚え、そっと席を立った。(やっぱり……)案の定、壮一はレジで会計をしていた。「チーフ」 その声に振り向いた壮一は、日葵にだけわかるように、少し表情を歪めた。「仕事するつもりですよね?」 じっと視線を向けると、壮一は諦めたように息を吐いた。「どうしてバレるんだよ」 呟くように言ったあと、今度は壮一が日葵を見た。「長谷川はもう少し楽しんでいけ。明日もあるから、あまり遅くなるなよ」 それだけ言うと、踵を返して店を出ていった。 日葵は無言でその背中を追いかける。「ついてこなくていい」 冷たく突き放すような言葉にも、日葵は答えなかった。「どこまでついてくるつもりだ?」 ホテルの部屋の前で、さすがに日葵も足を止めた。「仕事するんですよね?」 「お前、俺の部屋に入るのか?」ドアノブに手をかけたまま静かに問いかけられ、日葵は唇を強く噛んだ。「だって、仕事でしょ? 昨日も寝てないだろうし、顔色だって……」 そこまで言って、日葵は自分の言葉に気づいて止まった。(私、なに言ってるんだろう……)廊下を行き交う人々が、チラチラと視線を向けてくる。 こんなホテ

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二十六話

    「どうしてだろうな。日葵の期待を裏切りたくなかったのかもな」「期待?」日葵は自分でその言葉を発してみて、昔の壮一は日葵にとってヒーローだったことを思い出した。いつもなんでも完璧で、余裕があって。その陰に努力や苦労があったことなど想像もしていなかった。いつも後ろをくっついて、「すごいすごい」と頼りっぱなしだった。「ごめんなさい」そんな自分に、日葵は言葉が零れ落ちた。「どうして日葵が謝るんだよ」壮一があまりにも穏やかに言葉を発したことで、日葵もホッとして言葉を続けた。「だって、昔の私って迷惑かけてばっかりだったでしょ。なんでも頼ってばかりで。それが無理をさせてた……」壮一の思っていることなど一ミリも考えることなく、自分の気持ちを押し付けてばかりだったように思った。「それは違う」壮一は少し考えるような表情を見せ、日葵は言葉の続きを待った。「日葵の前では、完璧でありたかったから。だから――言い訳にもならないけど、あの時、何も言わずにアメリカへ行ったのかもしれない。すまなかった」日葵は何をどう答えて、どう反応すればいいのかわからなかった。(このあいだはどうして謝ったのかあれほど気になっていたのに……)聞いてしまったことを、なぜか後悔する自分を感じた。今までの苛立ちも、苦しみも、恨み言も、言葉にすることが出来なかった。完璧でいるために私から離れた?その意味を日葵は考えていた。しばらく無言の時間が過ぎたが、すぐに仕事の話になり、気づけば会場へと着いていた。「すぐに合流して準備をしよう」壮一の言葉に、日葵もトランクから荷物を抱えると会場へと入った。最大級のイベントはもう始まっており、会場はすごい熱気にあふれていた。プレスリリースまではまだ日があるが、今回いろいろなところからの問い合わせもあり、急遽ブースを出すことになったらしい。「清水チーフ!」名古屋支社からもたくさんのスタッフが慌ただしく対応しており、壮一を見てそのスタッフたちがホッとしたのが日葵にも分かった。「お疲れ様」壮一はいつもの余裕の笑みを浮かべ、スタッフに指示を出している。そんな様子を少しの間足を止めて見ていた日葵は、「長谷川!」その声で我に返ると、持ってきたグッズの見本やノベルティの搬入を始めた。「うわ、それかわいい」すでにブースにいたカップルが日葵の手元

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二十五話

    昨夜の崎本のことも、今日からの壮一との出張も、すべてが気が重く日葵は足取り重く駅へと向かっていた。ぼんやりと歩いていると、車のクラクションが後ろから聞こえた。その音に振り向くと、横に静かに壮一の車が止まる。「長谷川」ハンドルに片手を掛け、窓から呼ぶ壮一に日葵は何とも言えず複雑な心境が覆う。「おはようございます。チーフ」なんとか仕事用の笑顔を張り付けると、壮一の顔をみることなく頭を下げた。そんな日葵の様子に、小さく壮一が息を吐いたことなど日葵は知らない。「おはよう。今日は悪いな。乗ってくれ」「大丈夫です」無意識に零れ落ちた自分の冷たく低い言葉に、日葵は後悔しても遅い。チラリと壮一を伺えば、表情を変えることなく日葵をみていた。「そんな訳にいかないだろ? 急に柚希の代わりに無理を言って行ってもらうんだから」その言葉に日葵の心の中はザワザワと音を立てる。本当は柚希と行きたかったのではないか? 自分とは行きたくないのではないか。そんな子供のようなことを思ってしまった自分が情けなくなる。グッと唇を噛んだ日葵に、壮一は静かに声を発した。「じゃあ乗ってくれ。頼む」私情を入れているのは自分だとは日葵もわかっていた。でも駅までなら電車でも変わらない。その気持ちも譲れなかった。このざわつく気持ちで壮一と同じ空間にいたくなかった。「でも、電車でもさほど変わりませんし」その言葉に、壮一は視線を外すと大きなため息を吐いて呟いた。「やっぱりな……」その言葉に、日葵は運転席の壮一を見た。「急遽、簡易的だがブースを出すことになって、昨日も遅くまでノベルティとかの確認があって、俺と柚希は車で行く予定だったんだよ」その言葉に日葵は啞然とした。「そうだったんですか……申し訳ありません。お手伝いもせず帰って」崎本と食事をしていたころ、柚希はずっと仕事をしていた。そして体調を崩したと知り、日葵は罪悪感が広がった。そんな思いで俯いた日葵に、壮一が運転席から降りるのがわかった。「お前の仕事じゃないだろ。気にするな」そう言いながら、壮一は日葵のもとへと来ると、日葵から荷物を取り上げ、さっと後部座席に乗せた。そこまでされてはもう何も言うことなどできなかった。日葵は諦めたように、壮一の車に乗り込んだ。しばらく無言の車内に、最近聞きなれた音楽が響く。

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二十四話

    なんとなく落ち着かない気持ちで食事を終え、送るといってくれた崎本の車の中。信号が黄色に変わり、ゆっくりと停車すると静かな車内で崎本の声が響いた。「また今度……」しかし崎本の言葉は、日葵のカバンの中から鳴った着信音に遮られた。ディスプレイの表示は〝清水チーフ"。そっと崎本を見ると、小さく息を吐いて「出て」と言葉を発した。仕事以外の要件で電話があるはずがないと、日葵はゆっくりと通話ボタンを押す。『お疲れ様。遅い時間に悪い』少し疲れた壮一の言葉に、日葵も「お疲れ様です」と返した。『今いい?』いいかと聞かれれば、かなり微妙な空間だったが、そんなことも言えず日葵は「はい」と返事をした。『明日からの名古屋なんだが』「はい、柚希ちゃんが行く予定の?」冷静に言葉を発することが出来ただろうか?そんなことを思いながら日葵は壮一の言葉の続きを待った。『行ってくれないか?』「え?私が名古屋の出張に泊りで?」その言葉に「え?」と崎本が言葉を発して、日葵はチラリと崎本を見た。『……誰かと一緒?』静かに響いた壮一の声に、日葵は答えることが出来ず、話を逸らした。「柚希ちゃんはどうしたんですか?」『ああ、さっき熱を出したと連絡があった。柚希の代わりになるのは……申し訳ないが長谷川しか無理だから』その言葉に日葵はギュッと唇をかみしめた。仕事なのはもちろんわかる。断る権利も、権限ももちろんない。体調を崩したのは柚希で、残念な思いをしているのも柚希だ。「わかりました」静かに答えると、「じゃあ詳細はメールする」それだけをいうと少しの無言のあと、無機質なトーン音が聞こえた。日葵はその場に崎本がいることも忘れ、憂鬱な気持ちでスマホを見つめていた。いつのまにか、いつも送ってもらう場所へと車は停車していた。「すみません」かなり自分の世界に入り込んでいた日葵は、ハッとして崎本を見た。ハンドルをギュッと握りしめて、俯いていて崎本の表情は解り知れない。「ありがとうございました」なぜか重たい空気に、日葵は慌ててシートベルトを外すとドアノブに手をかける。それと同時に後ろから腕を引き寄せられた。ハッとして振り返ると、日葵は崎本の腕の中だった。「え? 部長?」その状況が理解できず日葵は戸惑いの声を上げた。「行くな……って付き合ってても言えないけど、行って

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二十三話

    それからも、日葵の気持ちなどお構いなしに仕事は降りかかる。あの謝罪の意味すらわからないまま、時だけは過ぎていった。時間を見ればもう15時を回っていて、日葵は昼食をとっていないことを思い出して、小さく息をつくと席を立った。「長谷川さん」そんな時、日葵のデスクにやってきた柚希に笑顔を向けた。「どうかした?」「少し教えていただきたいんですけど、今いいですか?」柚希は自分のノートPCを日葵のデスクに置くと、画面を見つめる。「もちろんよ。どれ?」「この出張のホテル申請なんですけど……」その言葉に日葵も驚いてその画面を見た。「出張?いつ?」「それが、チーフの急な指示で明日名古屋なんです」少し不安げな柚希の言葉に、日葵は内容を確認する。「え?あの名古屋であるゲームフェスティバルよね?」「はい」明日、明後日と大きなゲームのイベントが名古屋であり、それの視察と、挨拶周りのための出張だ。役員一人と、チーフの壮一、営業部で大手メーカーとも付き合いが長い、課長である澤部、そしてアシスタントで澤部と同じ部署の女性社員――のはずだ。どうして柚希?という疑問が日葵の中に沸き上がる。「確か、営業部の人が行くはずじゃなかった?」今の現状から、壮一は責任者として行かなければいけなかったが、この部署からは壮一以外行かない予定になっていた。「はい、急に専務がその女性社員では、もしも詳しい話を振られたときにチーフだけでは大変だろうということになったみたいです」「そう……」「他の皆さんは忙しいですし、私なんですかね?」その言葉に日葵はハッとして笑顔を向ける。壮一と柚希が泊まりで出張に行くことが、どうしてこんなに気になるのか……。このあいだ、頼りにしてると言ったにもかかわらず、この重要な仕事を柚希に頼んだことがショックなのだろうか?自問自答しても答えは出ず、日葵は柚希に申請方法を説明した。「柚希ちゃん、がんばってね」笑顔で言ったつもりだったが、自分がどういう顔をしているかわからなかった。しかし、そんな日葵の思いなど、まったく気づいていないようで、柚希は少しだけ言葉を選ぶような表情をした。「仕事なので、こんなことを言ってはいけないと思うんですけど……」少し話すのを躊躇した柚希に、日葵は首を傾げた。「ここのところ、チーフすごく疲れてますよね。そばでお世話できてう

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二十二話

    おはようございます」明るく元気な声が聞こえて、日葵はハッとして振り返った。「柚希ちゃん、おはよう」いつもの出社時間が近づいていたことに気づき、まだ落ち着かない気持ちをなんとか整えると、目の前の仕事に取りかかった。そんなとき、周りの雰囲気がピリッと引き締まったような気がして、日葵は顔を上げた。「手が空き次第、ミーティングルームに集まってくれ」その声に視線を向けると、部屋から出てきた壮一が颯爽と歩いてきた。さっきとは別人のように、いつも通り完璧な壮一がそこにいた。シャワーも浴びたのだろう。スーツも違うものに着替えられていて、常に泊まる準備ができていることに日葵は気づく。途中入社で、社長や会社の期待を一身に背負い、失敗が許されないこの状況でも、弱音ひとつ吐かず、常に冷静に対処してきた壮一。その言葉に、一斉に返事が返り、スタッフたちはミーティングルームへと向かっていく。日葵も、目の前の作業に区切りをつけてそのあとに続いた。ミーティングルームに入ると、大きなモニターには広大な緑が広がる世界。高台からその景色を見下ろす、ひとりの男の子と女の子。そして、真っ白な鳥が空へと羽ばたいていた。「The beginning new world」――新しい始まりの世界。企画段階で知ってはいたが、こうして映像として目の前に現れたのは初めてで、日葵はその世界観に釘付けになる。「まだ未完成だが、ここまでで意見を聞きたい」壮一の言葉に、技術スタッフをはじめ、何十人ものメンバーが目を輝かせて頷いた。一人の少年が、襲いかかる敵に立ち向かい、仲間を増やしながら戦っていく。構造自体は、どこか既視感のあるRPGだが、今回は会社の威信をかけ、美しい映像・音楽・クオリティに徹底的にこだわっている。今までに見たことのない臨場感、命を宿したようなキャラクター。その完成度は、ゲームの範疇を超え、まるで一本の映画を観ているようだった。短い映像だったが、気づけば、思わずため息が漏れていた。すっかりその世界に引き込まれていた日葵は、周囲から意見が出始めたタイミングでようやく我に返る。慌てて記録をとろうと、パソコンのキーに指を走らせた。数時間にわたるディスカッションもようやく終わり、各自が自席へと戻っていくのを見送りながら、日葵は上層部に提出する資料の構成を頭の中でまとめ

Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status